東京高等裁判所 昭和63年(ネ)675号 判決 1989年2月28日
控訴人(附帯被控訴人) 西野明(以下「控訴人西野」という。)
控訴人(附帯被控訴人) ヒノデ株式会社(以下「控訴人会社」という。)
右代表者代表取締役 長谷川雅実
右両名訴訟代理人弁護士 小篠映子
被控訴人(附帯控訴人) 山中義秀(以下「被控訴人」という。)
右訴訟代理人弁護士 多田武
向井惣太郎
鈴木雅芳
主文
一、控訴人らの本件控訴をいずれも棄却する。
二、被控訴人の本件附帯控訴に基づき、原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。
控訴人らは、各自、被控訴人に対し、金一一四万七七五〇円及び内金一〇四万七七五〇円に対する昭和六〇年一一月四日から、内金一〇万円に対する昭和六一年六月四日から各完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
三、訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを一〇分し、その三を控訴人らの、その余を被控訴人の各負担とする。
四、この判決は、被控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、控訴人ら
1. (控訴の趣旨)
原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
被控訴人の請求をいずれも棄却する。
2. (附帯控訴の趣旨に対する答弁)
被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。
3. 訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。
二、被控訴人
1. (控訴の趣旨に対する答弁)
控訴人らの本件控訴をいずれも棄却する。
2. (附帯控訴の趣旨)
原判決を次のとおり変更する。
控訴人らは、各自、被控訴人に対し、金三八九万三〇〇〇円及び内金三五一万八〇〇〇円に対する昭和六〇年一一月四日から、内金三七万五〇〇〇円に対する昭和六一年六月四日から各完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。
3. 訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人らの負担とする。
第二、当事者の主張
当事者双方の事実上の主張は、次に付加、補正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一、原判決の補正
原判決三枚目表四行目の「原告肩書住所地」を「当時の被控訴人の住所であった千葉県成田市橋賀台一丁目一四番一号先」に、同六行目の「原告肩書住所地」を「目的地」に、同裏一行目の「ゴルフバック」を「ゴルフバッグ」に改め、同四枚目表一一行目の「により」の次の読点(、)を削り、同五枚目裏三行目の「(二)のうち」から同四行目の末尾までを「(二)ないし(四)の事実中、控訴人西野が被控訴人の求めで本件トランクの蓋を開けたこと、被控訴人が本件車両から下車した際、控訴人西野に被控訴人主張の手荷物の返還請求をしなかったこと、その後、被控訴人が本件トランクを確認した際、被控訴人主張の手荷物がなかったことは認めるが、被控訴人がその主張の手荷物を現に本件トランクに積み込み、これが紛失したものであるかは知らない。」に改める。
二、当審における主張
(控訴人ら)
本件トランクに現金三四〇万円、医学書五冊、ゴルフバッグ一個及びゴルフクラブ一六本を積み込んだという被控訴人の主張は、極めて恣意的で、信用性に乏しいものである。すなわち、(一)現金三四〇万円に関しては、その調達についての客観的な裏付けがない。その使途についても、説明が曖昧で、変遷している。被控訴人は、当日午後一〇時すぎころ、国保能彦(以下「国保」という。)に同行を求め、控訴人会社に赴いたところ、国保に対し、被控訴人が本件トランクに積み込んだという金額を明らかにしていないが、不自然である。本件トランクに積み込む前に、現金三四〇万円を車検証を入れるビニール袋に入れたともいうが、その説明にも無理がある。妻が本件車両に同乗しているのに、自ら又は妻に保管させずに、本件トランクに現金三四〇万円を積み込むということ自体、普通ではないが、仮に本件トランクに積み込んだとしても、本件車両から下車する際、これを失念するなど考えられないことである。(二)医学書についても、当日、稲垣書店で購入したというのであるから、冊数、価格、書名等が分らないはずはないのに、その説明は抽象的である。なお、控訴人ら提出の乙第四号証の四に記載された冊数は、被控訴人主張の冊数と符合するが(但し、被控訴人は、当初、警察に対し、四冊位と届け出ていたものである。)、価格は一致せず、書名も不明であって、その五冊を被控訴人が購入したものであるとの証明はない。(三)ゴルフバッグについても、被控訴人が本件トランクにこれを積み込む状況を控訴人西野が現認していたわけではない。被控訴人は、ゴルフバッグを自ら買ったもののように説明するが、国保の原審証言では、国保が被控訴人に贈ったものというのであって、被控訴人の説明はいい加減である。(四)ゴルフクラブについても、その本数を後に一四本と訂正しているように、説明が変遷している。以上のほか、当日、本件車両に被控訴人と共に乗車した家族の人数についても、被控訴人の説明には変遷があること、被控訴人は、控訴人会社に対し、自身でなく、妻に電話連絡させているのに(なお、妻からの最初の電話連絡では、本件トランクに現金を積み込んでいたとの説明はなかった。)、控訴人会社に赴いた際には、本件車両に同乗していた妻を同行せず、国保を同道していること、更に、被控訴人は、当時、経済的に非常に苦しい状態にあったことなどからすれば、被控訴人がその主張の手荷物を現に本件トランクに積み込み、これが紛失した事実はないと認められるべきものであって、控訴人ら提出の書証も、これを裏付けるものである。
仮に、被控訴人がその主張の手荷物を現に本件トランクに積み込み、これが紛失したものであるとしても、「貨幣、有価証券其他ノ高価品ニ付テハ荷送人カ運送ヲ委託スルニ当タリ其種類及ヒ価額ヲ明告シタルニ非サレハ運送人ハ損害賠償ノ責ニ任セス」との商法五七八条の趣旨からして、被控訴人から控訴人西野に対して本件トランクに積み込んだ手荷物に現金三四〇万円が在中している旨の明告がなかった本件において、控訴人らは、被控訴人が紛失したという現金につき、損害賠償責任を負わないというべきである。
(被控訴人)
本件紛失事故は、被控訴人が現に本件トランクに積み込んだ手荷物を控訴人西野が隠匿横領したために発生したものであるし、本件紛失事故の発生につき、被控訴人には、過失相殺の対象とされるべき過失はない。
第三、証拠関係<省略>
理由
第一、本件紛失事故について
一、控訴人会社が一般乗用旅客自動車運送事業等を目的とする会社であり、控訴人西野が控訴人会社にタクシー運転手として雇用されている者であること(請求原因1の事実)、被控訴人がその主張する日時に、同主張の場所から当時の被控訴人の住所まで、控訴人西野の乗務する本件車両(タクシー)に家族と共に乗車したこと(同2の(一)の事実)は、いずれも当事者間に争いがない。また、被控訴人が本件車両に乗車する際、控訴人西野が被控訴人の求めで本件トランクの蓋を開けたこと(請求原因2の(二)の事実)、本件車両が目的地(当時の被控訴人の住所)に到着した際、被控訴人が控訴人西野に被控訴人主張の手荷物の返還請求をしないで、下車したこと(同(三)の事実)、その後、被控訴人がその主張の日時・場所で本件トランクを確認した際、被控訴人主張の手荷物がなかったこと(同(四)の事実)も、いずれも当事者間に争いがない。
右事実に、<証拠>を加えれば、被控訴人は、当日、神田の稲垣書店で医学書五冊を購入し、家族と共に食事をしての帰途、自ら運転していた自動車が故障したため、車内から手荷物を取り出し、右自動車を修理会社に預け、控訴人西野の乗務する本件車両に乗車することになったものであるが、本件車両に乗車する際、本件トランクの蓋を開けさせ、自車から取り出した手荷物のうち、ゴルフバッグと紙袋とを本件トランクに積み込んだこと、本件トランクに積み込んだゴルフバッグの中にはゴルフクラブがフルセット(一四本)、紙袋の中には被控訴人が当日稲垣書店で購入した医学書五冊とそれまで自車のダッシュボードに入れて置いた現金三四〇万円とが入っていたことを認めることができる。
二、控訴人らは、被控訴人が本件トランクに右認定の手荷物を積み込んだこと自体を争うが、本件車両に乗車する前、被控訴人が少なくともゴルフバッグを携行していたことは、控訴人西野も現認しているのであるから、本件車両の運転席にいた控訴人西野から被控訴人が本件トランクにゴルフバッグを現に積み込む状況を確認し得なかったとしても、控訴人西野に本件トランクの蓋を開けさせた被控訴人がその携行していたゴルフバッグを積み込まずにいたというのは理解し難いところであって、被控訴人が本件トランクにゴルフバッグを積み込んだことは明らかというべきである。また、紙袋についても、控訴人西野がこれに気付かなかったとしても、前掲各証拠からして、被控訴人がこれを本件トランクに積み込んだことは否定できない。
控訴人らは、本件トランクに右認定の手荷物を積み込んだという被控訴人の主張は極めて恣意的で、信用性に乏しい、と主張するが、自車の故障という偶然を契機にしてたまたま控訴人西野の乗務する本件車両に乗車することになった被控訴人が、控訴人西野に遺失物横領等の嫌疑を及ぼしかねない、殊更に虚偽の事実を主張すべき理由は、本件証拠を精査しても、何ら見いだせない。確かに三四〇万円もの現金をタクシーのトランクに積み込むというのは非常識で、不注意極まりないといい得るが、原審及び当審における被控訴人の供述が、その基調において、事実と異なるものとは認められない。前掲甲第五号証、乙第七号証の四、第八号証によれば、本件紛失事故に関する遺失届又は被害届には、被控訴人が本件トランクに積み込んだ手荷物(遺失品又は被害品)の内容に関する記載が細部において必ずしも一致していないことが認められるが、現金三四〇万円を本件トランクに置き忘れ、これを失うという本件紛失事故に遭遇した際の遺失届又は被害届の記載に、右程度の齟齬があるからといって、直ちに不自然であるということはできない。却って、被控訴人が何かを意図して虚偽の事実を主張したものであれば、これを隠すためにも、首尾一貫した、あるいは理路整然とした主張をするのが成行きであると考えられるのに、そうでないのも、本件紛失事故が真実のものであったことを裏付けるものということもできる。控訴人らが縷々主張するところは、いずれもこれを肯認するに足りる確たる証拠がなく、憶測の域を出ないものであって、これを採用し得るものではない。
三、被控訴人主張の本件紛失事故は、以上のとおり、これを肯認することができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
第二、控訴人らの責任について
一、被控訴人は、本件紛失事故は、控訴人西野が前認定の手荷物を隠匿横領したために発生したものである、と主張するが、これを認めるに足りる確たる証拠はない。
しかしながら、本件車両(タクシー)の運転手である控訴人西野が乗客である被控訴人の求めに応じ、本件トランクの蓋を開け、ここに被控訴人が前認定の手荷物を積み込んだ以上、控訴人西野は、その手荷物の保管について相当の注意義務を負うべきものと解されるから、本件車両が目的地に到着した際には、本件トランクの蓋を開け、被控訴人に積込品の受領方を促すなどの注意をするのが当然であるし、仮に被控訴人が下車した際、この注意を怠ったとしても、前掲控訴人西野本人尋問の結果によれば、その後に本件車両を利用した乗客の求めに応じ、本件トランクを少なくとも二回利用させたことがあるというのであるから、遅くともその時点では、本件トランクを利用した先の乗客である被控訴人を下車させた際に本件トランクを開けなかったことに気付き、本件トランクに被控訴人が積み込んだ手荷物がないかを点検するなどの注意をすべきであったといい得るところ、本件において、控訴人西野がかかる注意を怠ったことは明らかで、控訴人西野がその注意をしていさえすれば、本件紛失事故は未然に防止できたはずであるといえるから、控訴人西野には、本件紛失事故の発生につき、過失があるといわなければならず、被控訴人が本件紛失事故により被った損害を賠償すべき不法行為責任がある。そして、本件紛失事故は、控訴人西野が控訴人会社の職務の遂行として本件車両に乗務中に発生したものであるから、控訴人会社も、控訴人西野の使用者として、被控訴人が本件紛失事故により被った損害を賠償すべき責任を免れない。
二、控訴人らは、被控訴人が本件トランクに積み込んだ現金三四〇万円については、その旨の明告がなかったので、商法五七八条の趣旨からして、控訴人らに損害賠償責任がない、と主張するが、控訴人西野の不法行為責任、控訴人会社の使用者責任が問われている本件において、商法五七八条は適用されないと解すべきである(最高裁昭和四三年(オ)第五八号同四四年一〇月一七日判決参照)から、控訴人らの主張は採用し得ない。
しかしながら、本件においては、被控訴人が本件トランクに前認定の手荷物を積み込む際、紙袋の中に現金三四〇万円が在中する旨を控訴人西野に告知しなかったこと、また、本件車両から下車する際、その返還請求をしなかったことは当事者間に争いがないところ、控訴人西野が被控訴人から三四〇万円もの現金を本件トランクに積み込む旨を告知されていれば、その積込みを容認するようなことはなく、被控訴人の手元に置いておくように指示したであろうと窺われるうえ、仮に本件トランクに積み込むことを容認したとしても、被控訴人が下車する際、自ら進んでその受領方を促したであろうと窺われるから、本件紛失事故の発生には、控訴人西野にその旨を告知しないで本件トランクに現金を積み込んだばかりか、返還請求を失念して下車するという、常識では考えられないほどの被控訴人の不注意が大きく与かっていることは明らかであって、その過失を考慮に入れて、控訴人らの被控訴人に対する損害賠償責任を判定すべきものであり、その過失割合は、前示したところに鑑みれば、七割と認めるのが相当である。
三、<証拠>を総合すれば、本件紛失事故により被控訴人が被った損害は、(一)現金三四〇万円のほか、(二)医学書については、その代金一万七五〇〇円、(三)ゴルフバッグについては、少なくとも時価(中古価格)相当といえる二万五〇〇〇円、(四)ゴルフクラブについても、同じく少なくとも時価(前同)相当の五万円、以上合計三四九万二五〇〇円と認められ、この認定を覆すに足りる証拠はないから、控訴人らは、その三割に当たる金一〇四万七七五〇円を被控訴人に賠償しなければならない。
また、本件事案の内容、右認定の賠償額、その他の事情を勘案すれば、右損害額の約一割に当たる金一〇万円をもって、本件紛失事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害と認めるのが相当であるから、これも賠償すべきものである。
第三、結論
以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、控訴人ら各自に対し、金一一四万七七五〇円及び内金一〇四万七七五〇円に対する本件紛失事故発生の後の日である昭和六〇年一一月四日から、内金一〇万円に対する同じく本件紛失事故発生の後の日である昭和六一年六月四日から各完済に至るまでそれぞれ民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却すべきものである。
よって、控訴人らの本件控訴は理由がないからこれを棄却し、被控訴人の本件附帯控訴は、一部理由があるから、これに基づき、原判決主文第一、二項を主文第二項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき、同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村岡二郎 裁判官 安達敬 滝澤孝臣)